2011年08月18日

なにも言ひたくない

● これで、この欄ともお別れだが、ほっとした様な淋しい様な妙な気持に支配され、ペンが重くなる一方である。書きたいことはいくらでもある様な気もするのだが、又この場合なにも言いたくないと云った感情も大きい。
 正直を云えばだまって引きさがりたいのだが、この欄を空白にする訳けにもいかないのでだらだらつまらんことを書いて、私の最後の責任をはたそう。
――日暮正次――


(「編集あとさき」『カメラアート』一九四〇年一二月号)


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廃刊・合同に直面

廃刊・合同に直面
勝田康雄

 内務省提示により全写真雑誌が十二月号を最終刊として一斉に廃刊しそれぞれの面に於て総合体形を整え四個の経営体として新年号から新発足することになった。別掲共同宣言文にもある通りフォトタイムス誌と本誌とはその編集理念に於て相通ずるものがあり、合同体としての新雑誌『報道写真』が内閣情報部指導により強力な発足をなす点に於て吾々は共に旧形体を解消し、積極的に協力する根本方針を樹てたのである。だが『報道写真』誌が内閣情報部指導により国家機関の一翼として栄光ある発足をなす為にはフォトタイムスが先ずオリエンタル会社から離れることを前提としなければならない。その点については主幹田村栄氏との談合過程において充分に考慮され積極的に完全独立の体形へと組織を移行しつつある筈である。カメラアートは創刊以来五年と九ヶ月であるが一応廃刊という事実に直面しては万感交々到る思いである。フォトタイムスに到っては創刊以来十有七年の永い歴史を持っているだけにオリエンタル当局者としてこれを廃刊して手元から離して了うことは惜しい限りであろう。だがこれも時代の推移である。よりよき仕事をなす為に国家機関として捧げるという滅私奉公的精神に基き潔く同社から分離することを認めるということである。この精神あればこそ我々は共に手を取合って写真文化部門に奉仕することが出来るわけであって、その間に些かも私的曖昧さがあってはならないのである。私はこの完全独立の体形が名実ともに整えられる限りに於て全幅の協力を惜しまないつもりである。
(『カメラアート』一九四〇年一二月号二五一頁)
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報道からみた写真

○‥‥戦時報道の四大機関の一つである報道写真は単なる『写真の報道』ではなく『報道からみた写真』でなければならなくなったのである。本誌が報道からみた写真――の観点から編集を進めてきたこと勿論である。ここに本誌の特長もあると考えられる。(片岡生)
(「編集後記」『報道写真』一九四二年八月号)
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違和感

◇‥‥報道写真という言葉が、今だに僕にはどうもピンとこない、そう急にピンとこられたんでは困るのかもしれないが報道という字が妙にいかめしく見える。報道と国策性という言葉を無理に結びつけて見ようとして、そこで直観の働きが暫く待ってくれよと悲鳴をあげたのかも知れない。しかしそんなことにおかまいもなく仕事の方が、そんな僕の感性を押しつぶしてしまったという訳である。この言葉がピッタリと板につくようになれば『報道写真』も立派なものになると思うのだが、その過渡期のややちぐはぐな感じは解消されねばならない。(木村太郎)
(「編集後記」『報道写真』一九四二年四月号)


◇‥‥一年有余に亙って健闘『報道写真』に赫々の戦果を挙げて来た譲サンの後を引受けてはみたものの中々難しい。新たに同志となった木村君は報道という言葉がピンと来ないと嘆いているが、僕といえども同じ一年生。いろいろと教えていただきたいし、導いて行ってください。しかし理屈はもう結構。ザックバランな男の気持ちで譲サンと共にやらして頂きます。どうぞよろしくお願いします。(片岡純治)
(「編集後記」『報道写真』一九四二年四月号)
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高所写真に厳罰


昭和十五年九月十七日
朝日新聞より転載
防諜精神へ協力せられたし
高所写真に厳罰
 昨年十二月軍機保護法改正により地上二十メートル以上の高所からの写真撮影は禁止されているが、なお徹底していないので警視庁外事課では十五日課員及び管下各署係官を動員して上野公園、靖国神社はじめ市内十六箇所に出張取締りを行ったところ上野公園では撮影しようとして注意を与えられたもの百十五名、撮影後発見されたもの五名を始め愛宕山では六名、靖国神社境内では六十五名、日枝神社境内では一名、飛鳥山では八名、その他合せて二百三名を発見。今回だけはフイルムを没収、厳重説諭の上帰宅を許したが、今後は防諜上軍機保護法に基き厳重処罰することになった。
 即ち東京について言えば全市域と島嶼部全部が同法適用地域で禁を破ったものは三年以下の懲役又は千円以下の罰金、之を交付した者は五年以下の懲役又は二千円以下の罰金、外国に報道したものは七年以下の懲役又は三千円以下の罰金に処せられる。
(『フォトタイムス』一九四〇年一〇月号八八頁)
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印刷事情

■用紙制限に伴い本誌も二月号より減頁の止むなきに至ったが、記事内容の質的低下は断じてないという編集者としてのいささかの自負を持つものであるが、写真版印刷効果の点に於て、作者並びに愛読者諸氏のご期待に副えかねるのは、これも現下情勢に於ては、われわれは最善を尽くしての結果であって何んとも方策のないことである。聖戦完遂のために、全部門総力を挙げての現在、印刷効果の問題については各位の御諒解もしていただけると信じる。(「編集後記」『写真文化』一九四三年四月号)


■本誌の紙質の低下や印刷の仕上りに不満のあることは読者として一応御尤も至極な御意見であるが、我々は国策順応の見地から現在許される限りの範囲に於て死力を尽していることを申上げたい。この紙、この印刷インクを使ってしかも最大の効果をあげることが我々の使命だという強い自覚を持って毎号闘い続けているのである。(「編集後記」『写真文化』一九四三年六月号)


■また印刷のことを言うが、これは弁解ではない。読者からいろいろの御意見があるについてそれへのお答として書く。つまり今日の出版界が文字通り決戦下にその文化的使命を遂行しつつあるとき、紙が粗悪になったインキの質が低下したと編集者が文句言ったり、読者から不平が出る、そんなことでダメになる雑誌なら、もう最初から文化戦線から脱落して行った方がいい。写真にしても、今日の許された紙でインキで充分その機能や効果を発揮することが大切で、印刷の出来栄えでその生命まで左右されるようなものではジャーナリズムの世界には最早生きがたい。勿論今日の資質をもって出来るだけ立派な携帯の雑誌を作る技術的研究と努力は絶対に必要で、我々も大いにその点で苦心を重ねているが、一般写真家並びに読者の側の充分なご理解とご協力をおねがいしたいと思う。(「編集後記」『写真文化』一九四三年一〇月号)

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2011年05月04日

再会

数年ぶりにブログに復帰してみようとこのサイトに戻ってきてみたら、ちゃんと残っていてびっくりする。
そして投稿記事を戻れば戻るほど気恥かしい。
けれど、それはそれで自分の軌跡だから残しておこうと思う。

あれから何が変わったかといえば、状況もいろいろ変化したけれど、
一番変わったのは自分かもしれない。そして一番自分が変わっていない。
そう思う今日この頃。
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2009年09月06日

時計

しかし、機械がもはや驚異をではなく、有用性と進歩とを意味するようになると、時計もまた人間を支配する過酷な《時間》の歯車となる。おそらく、機械がテクノロジーのシンボルとして完成するのはこのときであろう。

宮川淳「手の失権 シンボルとしての機械と手工的な思考」
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2007年02月24日

コダクロームの妖術

アマゾンの森の野蛮人たちよ、機械文明の罠にかかった哀れな獲物よ、柔和で、しかし無力な犠牲者たちよ、私は君たちを滅ぼしつつある運命を理解することには耐えて行こう。しかし、貪欲な公衆を前にして、打ち砕かれた君たちの表情の代りにコダクロームの写真帳を振り回すというこの妖術、君たちの妖術よりもっとみすぼらしいこの妖術に欺かれる者には決してなるまい。


クロード・レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』
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2006年12月25日

セビリアのエンヴェゾー

いまグローバル社会を襲う多種多様な暴動や大変動に対して、アートはいかなる策を施せるのか?昨今の諍いに対する簡素で力強い芸術的仲裁のための挑戦は、保証でもなく、イリュージョンでもなく、ましてや感傷でもない、批評的で想像力に飛んだ活動への機会として見えもするだろう。だが多くのアーティストたちにとって、仲裁のモードはもはや批評的正当化の保証にはならず、そんなものは社会の中に芸術を位置づけることに何の批判もなく必要だと再度主張するか、いまの世界情勢から、厳密な自律性をあらためて導き出すことでしかないだろう。


オクウィ・エンヴェゾーがセビリア・ビエンナーレでやったことは、上記のような問題提起からだった。では実際どのような手法で展示を行ったのか?
近々いずれかの場所でその内容を掲載します。
posted by jaro at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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