2006年09月04日

magical

先日、朝日新聞社に用があり築地市場へ。
帰りに六本木に寄り、芋洗坂のギャラリー街へ出向く。

今年初頭にオープンした「magical ARTROOM」*1は、今日たまたま山口聡一「More Than Paradise」展のオープニング・レセプションだった。ロールシャッハのように対照的な構図で描かれたペインティング作品が並ぶ。ただ、細部をみるとけっこう荒いし、僕は好きになれなかった。一度ゲイリー・ヒュームを見たことがあるが、クオリティはこちらの方が断然高い。


*1:市原研太郎氏以下5名の運営メンバー、事務局は京都造形芸術大学という異色のギャラリー。


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2006年06月13日

Africa... Dismix

1.

アフリカに関して私の知るところは少ない。アフリカに繋がるといえば、つい数ヶ月前に親しい友人が青年海外協力隊としてザンビアに向かったこと、フランシス・ベイコンが1950年代をモロッコのタンジールで過ごしたこと、南アフリカ出身のマルレーネ・デュマスが数年前にベイコンのオマージュ展を開いたことくらいだろうか。とはいえ、どれも間接的な関わりである。その意味でいえば、『20世紀美術におけるプリミティヴィズム』展カタログの内容と、それほど変わりはないのだろう。ただし、私のなかでは西洋人特有のエキゾチズムをもちあわせていない。だからジャポニスムもプリミティヴィズムも、個人的感慨には結びつくことはなかった。憧れとは絶対的距離を伴った解釈の産物である。だが、今の時代その距離はほとんどなし崩しにされている。ザンビアに行った友人はミクシィなどで頻繁に連絡を取りあえる状態だし、むしろ地理的には近場にいるはずの級友方が接触をもつには難しい。そもそも友人がザンビアに派遣された理由は彼の地のITインフラ整備で、「情報」に限っていえば今後より一層関係は深まるだろう。西洋の最新情報も日本の現状も、ある程度は現地の作家でも入手することができる。こんな次第で、森美術館に巡回してきた「アフリカ・リミックス」展の出品作品は、すでにコンテンポラリーという情況下にしてホワイトキューブの洗浄力で一緒くたにされ、マックス・ウェーバーよろしく「脱魔術化」されている、と“一瞬”私の眼には映った。本展の展覧会カタログは、写真図版で並べられるが故に、なおのこと時空間の並列化は進んでいる。

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2005年12月06日

ガンダム展

 昨日は後輩にせがまれてガンダム展に行ってきました。ここで後輩を使うところが未だ抵抗があるのか、と自問自答しています。でも皆さんもすくなからず抵抗あるでしょう?あれ、ない?

gun01.jpg


 きっとこの抵抗感はアニメそのものではなくて、アニメに群がるファンの異様な熱気に原因があるんだろうと思う。企画者はガンダムの人気の秘密を「制作当初からシリアスな科学考証をベースにし…(以下略)」と語っているが、ファンの熱気の一つはこうした基礎設定資料にあり、それをもとに各自で世界観を膨らませるのが、その熱気の外側にいるものに違和感をもたらすんだろう。ワールドカップの熱狂、野球ファンの熱狂、三国志マニアの武将議論には、これに類似した要素がある。

結構長いですけど続きを読まれる方はこちらからどうぞ。
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2005年11月26日

写真の現在

今日はたまっている仕事を片付けられないまま、書評の仕事のため(と個人的理由)から、東近美の「ドイツ写真の現在」展に行ってきました。同時に「アウグスト・ザンダー」展もあわせて鑑賞。「ドイツ写真」というジャンルがあるわけではないけれど、ベッヒャー・シューレ(派)は確実にドイツを代表する動向として認識されている。今美術はドイツが熱い。そう言っても過言ではないほど、ドイツ人の、もしくはドイツ出身のアーティストが活躍している。

試しにファイドンから出ている『アート・ナウ』に登場するアーティストの出身を眺めてみると、かなりの数ドイツ人の名が挙がる。確かにこの本にはヨーロッパ人至上主義という性格がついて回るので必ずしも当てにはならないが(アジアはアラーキーと森真理子の二人のみ)、そのヨーロッパの中でもこれほどドイツ人が名を連ねるのも珍しい。いや、もっと驚くべきはフランス人アーティストの少なさのほうかもしれない。廉価版『アートナウ』にはなんとフランス人が一人しかいない!もしこれから美術の勉強をするなら、英語に加えてドイツ語をやっておくと大変重宝するかもしれない。もちろん長所・短所はあるけれど。

『ドイツ写真の現在――かわりゆく「現実」と向かいあうために』東京国立近代美術館ほか/読売新聞社 2005年 2000円

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2005年11月06日

横浜トリエンナーレ

昨晩急に友人の編集者が「横トリにいこう」とメールを打ってきたので、今日の予定を繰り下げて横浜に行ってきた。横トリのついでに、夕方に開かれるartscape10周年記念イベントもあるというので、Bankart1929にも寄ってみることに。

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2005年10月30日

東京トランスファー02

困ったこと、その2。
杉本博司にやられてしまったこと。
久しぶりに「感動」させられてしまった。
今日の予定では最後に訪れた展覧会だったが、
ポルケよりこちらが数倍楽しめた。

この「感動」が一つ目の「困ったこと」に繋がっている。
ほぼ「カタログ・レゾネ」に近い展覧会カタログ(367頁、6000円!!)
を買ってしまったのだ。なんたるトンマ。ポルケなど買わずともよかったのだ。
ああ来月のカード支払いが怖くて見られない…。

U.A. プレイハウス、ニューヨーク、1978

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東京トランスファー01

困ったことが二つある。
一つは状況的なもので、もう一つは感覚的なものだ。

今日は足掛け4つの展覧会を駆け巡った。そのうち二つは会期終了直前の「駆け込み」。本当はもっと時間のゆとりを持って観るべきなんだけれど、相変わらずの出不精が祟った。こんな強制力がなければ人を美術に向けるのは難しい、ということなのかもしれない。人とはもちろん僕のことである。

今日のスケジュールは以下の通り。
1.ジグマー・ポルケ展 上野の森美術館、上野
2.仕事の打ち合わせ、上野
3.奥村雄樹「Transfer」展 Hiromi Yoshii Five、六本木
4.さわひらき展 オオタファインアーツ、六本木
5.杉本博司展 森美術館、六本木

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2005年10月27日

港千尋展

新宿、Photographers'Galleryで、港千尋さんの展覧会が開かれている。タイトルは「Augustine Bataille explosion#1:Entoptic and Ecstasy」。「オーギュスティーヌ、バタイユ爆発」その一:内在光学とエクスタシー(恍惚) ・・・?

augstine.jpgタイトルはひとまず置くとして、今回の展覧会の概要を少し描写してみたい。フランスに今もあるサルペトリエール総合病院、ここは19世紀には4千人の精神病患者が収容されていた。その患者の一人であるオーギュスティーヌ嬢を撮った写真を中心とした、いわゆる狂気に陥った人たちの写真群と、港さんが今も撮りつづけているフランスの洞窟壁画の写真がギャラリーの二つの部屋に別々に展示されている。至ってシンプルな展示方法だろう。問題はなぜこの二種類の写真群が今回の展示で結び付けられたのか、ということだ。ここが港さんのうまいところである。

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