ロバート・スミッソン《コーナー・ピース(カユーガ岩塩坑プロジェクト)》
1969年、121.9×121.9×121.9cm、鏡・岩塩、東京都現代美術館蔵
サイトへの道のりは非常に不確定です。それが重要であるのは抽象とサイトの間に深淵が、そしてある種の忘却があるためなのです。あなたはそこであるハイウェイに乗るかもしれない。しかしサイトへと続くハイウェイは、実際にはあなたが大地と関係を持つことがないために、まさにそれは抽象であるのです。【註1】
ロバート・スミッソン
1969年2月、ニューヨーク州イサカに位置するコーネル大学にて、「アース・アート」展と題された展覧会が開かれた。ロバート・スミッソンはこの展覧会に際してある計画を実行する。「カユーガ岩塩坑プロジェクト」。それは二つの作業からなっていた。まずコーネル大学の北部、カユーガ湖畔に望むカユーガ岩塩会社の坑道において、その場の鉱物と鏡による構成作品を制作する。続いてコーネル大学のアンドリュー・ディクソン・ホワイト美術館では、坑道から採取してきた岩塩を使って当地での制作が「再現」された
【註2】。このプロジェクトによって、スミッソンがこれまで行ってきた制作活動の理論的方途はより深化されることとなったのである。それはスミッソンが語る「サイト(site)」と「ノン‐サイト(non-site)」を繋ぐ、鏡による弁証法である。
「EARTH ART」展カタログ。
大地(EARTH)の中にアート(ART)が含みこまれることを暗示するデザイン。
本論で採り上げる《コーナー・ピース》は、この展覧会で複数制作されたギャラリー作品のうちの一つである。当時訪れた多くの来館者は、この美術館に展示された作品から初めてスミッソンのプロジェクトを知ったことだろう。この展覧会は、その異色さ故に展覧会のタイトルがそのまま出品作家たちに帰属することとなったほどの、いわば彼らの分岐点を示している。我々はそのうちの一つを精査することで、スミッソンの分岐点を検証し、彼の思考の樹海に分け入ることとしよう。
《コーナー・ピース》は三枚の正方形の鏡を正立方体に組み上げるようにしてできた不完全なキューブであり、その内側のコーナーに坑道で採取された岩塩を積み上げるという、極めて簡素な構成をしている。岩塩は実際には円錐の四分の一を成しているが、岩塩が接する鏡の反映によって補完され、堆積物の形態は完全な円錐として我々に認知される。しかし鏡の反映とは物質に衝突することで照り返された光によって生み出されるために、反映が繰り返されるたびに光度が減退し、現実の岩塩に比べると多少の劣化が伴うことになる。この劣化は否応なく我々の知覚に影響を及ぼし、鏡の表面の境界線で区切られた4区画は各々の差異を強調するのである。鏡の反映によって生み出された堆積物と補完された堆積物の部分間の差異、この両者は「再現(re-presentation)」における二つの側面を描き出している。第一に、それが坑道において円錐状であったことを「指し示す(designate)」ことで外界の場所を再現する。第二に、なおもこの作品は鏡の反映によって造りだされた人工物であるという意味で、再現的である。だがそうなると、ギャラリーの作品はオリジナルである岩塩坑に対するコピーでしかないということになりはしないだろうか。これにスミッソンは何と応えるだろう。
岩塩と鏡像の反映関係。
濃くなるほど反映の回数は増えていく。
実際にコーナー・ピースを制作して検証した。
(鏡のサイズは一辺が14cm)
「〈ノン‐サイト〉の状況はこの坑道のようには見えない。それは抽象なのです」
【註3】。ここでスミッソンは二つの提起をしている。一つ目は、この一連のギャラリー作品が〈ノン‐サイト〉であること。二つ目は、それが抽象としての坑道であることである。〈ノン‐サイト〉に対する回答は、スミッソンの言う「抽象としての坑道」を考察することでその一側面なりとも明らかになることだろう。ではスミッソンの意図する抽象とは何か。彼は「美学における痛ましい誤謬」というエッセイの中で、鑑賞者を包み込む「場」を設定することで作品に感情移入させるような、フォーマリズムの言説が依拠した「抽象」を批判していた
【註4】。再現と安易に結び付けられる写実とを選り分けながら、スミッソンはそこでルネサンス以降続く「擬人的手法による人文主義」にたいするアンチテーゼとしての抽象を思考している。そこで彼が参照したのがヴィルヘルム・ヴォリンガーだった。この美術史家は自然を再現した絵画の鑑賞において、その内部に積極的に自己を投影する「感情移入」に対置する形で、抽象を生み出す「抽象衝動」を設定した。それは自然の混沌たる状態の脅威を直線や曲線の幾何学的図形に置き換えることで、必然性と合法則性の価値を与え、安定を図る衝動である
【註5】。スミッソンはこの抽象の概念を適用して、地図という例を挙げる。つまり、地図とは特定の場所を線や図形によって抽象的に、簡略化(圧縮)して置き換えたものだからである。厳密な境界線を把握できなかったあの山並みは、地図上で抽象的な三角形、もしくは等高線となって我々に示される。一方で我々が地図を参照するとき、そこに描かれている一つの点、線、図形を現実にある場所に置き換えることで、だが実際には視野の限界によって取りこぼされてしまう周辺の領域をも含みこんだ場所として、抽象的に把握する。スミッソンがしばしば述べる「コンテナ(container)」は、この周辺を含んだ抽象的な場所を指している
【註6】。もはや伝統的な「再現」の形式からは遠く隔たっていることがわかるだろう。
とはいえ視点をずらせば、地図とはある一定の限界を設定されたものでもあることになろう。「〈ノン‐サイト〉の箱組みは、直線で囲まれた体勢を課すために使われたし、また関係の限界設定にも使われていた」
【註7】からである。スミッソンは地図、鏡、写真それぞれにおいて、矩形の枠組み(framing)によって一定の限界が設定された事物を重視した。この枠組みは物質としての支持体、つまり紙、ガラス、印画紙という物質の有限性によって制限・構成されている。ただし、これは芸術作品に必要不可欠な前提である額縁や台座といった、外界から隔離して作品を規定するという意味での枠組みの機能ではない。すでに作品構成で見たように、ギャラリーで展示される個々の箱組みは独立した作品として自律しているのではなく、「カユーガ岩塩坑プロジェクト」という大きなまとまりの中で初めて作品と呼びうるのである。したがってスミッソンの用いる枠組みは、作品の内部に存在することになろう。彼が場所の選択をする際には、ほぼランダムに、無軌道な遊歩によって選択される。作品制作と物質の採取は選択された場所において成されるが、場の選択自体は蓋然的で、一つの可能性の結果でしかない。それ故選択されなかった場所もまたその限界設定の枠の中に含みこまれることになる。こうした一連の作業がスミッソンの語る「サイト」であり、それに対置された美術館での展示作品においては、その全体を内包する形で、三次元の隠喩として機能する抽象化された地図となった。これが「ノン‐サイト」である。
多くの対立項を設定したスミッソンは、この「カユーガ岩塩坑プロジェクト」において新たな段階に入る。以前までは別々に設定されてきた「サイト」と「ノン‐サイト」の間に「/(スラッシュ)」を入れることによって包含し、概念をより整理させた。いわば対立項を生み出す、そして両者を分断する概念的な鏡を挿入したのである。スミッソンは「サイト」と「ノン‐サイト」以上に、この切断面に注目した。美術館の展示作品を鑑賞するとき、我々は鏡の反映がもたらすこの抽象的な地図を頼りに、積み上げられた物質(それは主に岩塩や砂利である)が示す、不確定で抽象的な場所へ向かってスラッシュの境界を飛び越える。二つの場の間を「旅行する(travel)」ことはそれ自ら隠喩として機能し、その移動を観者が経験するとき、「travel(空間的移動)」は「trip(知覚・認識的移動)」となるだろう。その仕方は一種の「忘却(oblivion)」である。この旅行においては時間も空間も意識にない状態のまま、我々の認識において「サイト」と「ノン‐サイト」との間の不断のずれをなし崩しにしながら高次元の空間を跳躍する。ほどなくして当地に向かった航空機が帰途に着くとき、我々は美術館という室内空間にいながらにして「サイト」を「特殊な場(specific site)」として置き換えるのである。
結局スミッソンが設定した弁証法とはなんだったのか。ヴォリンガーにおいては「抽象」と「感情移入」という対立は互いに異なる「自己放棄」においてそれぞれ幸福のあり方(内的と外的)が示されていた。スミッソンにおいても〈サイト〉と〈ノン‐サイト〉を往復する仕方は一種の「忘却」であることは先述のとおりだが、統合(synthesis)によって安定をはかるというよりもむしろ、分断を生じさせた概念の鏡が深い闇の谷間を覗かせたまま維持され、無限の往還運動を駆動させるのである。《コーナー・ピース》において、物質とその反映の間に存在する鏡の表面による分断線は、両者の差異を強調しながら岩塩の中心に位置する収束点で臨界を迎える。この垂直に伸びるポールから我々は逃れることができない。試しに円錐の全貌が見える位置からこの抽象である〈ノン‐サイト〉を眺めてみるといい。鏡の高さに制限があるために、一見この作品には我々の身体は映りこまない。わずかに足先が見える程度だ。しかしこの円錐をよく眺めてみようと屈みこんだ瞬間、反映である第二の自分を発見する。たいてい人は自己の鏡像を見て初めて、映りこんだ周囲の環境が仮象であることを認知するが、自分の姿だけは同一化しようと試みる。だがこの作品においては、どのように動こうとも我々の視点はこの垂直線を中心に据えてしまう。そして反映によって映し出された我々の身体もまたこの垂直線によって左右に分割され、視覚による自己同一化の作用を執拗に解体し続けるだろう。さらに鏡の第三面によって地上から浮き上がったこの円錐は、反映によって結晶体として一つの世界を作り上げ、ポールに捉えられた者たちをかの地にそびえる第二のポールへと誘うのである。スミッソンの賭けとは、限界設定を設けられた空間をいかに拡張するか、ということだった。その仕方は、固化された視覚認識に揺らぎをもたらすことによってなされなければならない。「見るという無力さを再現(reconstruct)しようではないか」
【註8】。このスミッソンの提案が意図するものは、カユーガにおいて展開されたプロジェクトを通して《コーナー・ピース》のみならず、それを取り囲んでいるホワイトキューブの空間を我々の認識において拡張させる試みでもあった。全く異なった二つの地を転置することによって作動する「〈サイト〉/〈ノン‐サイト〉」というバイ・ロジック(複論理)は、我々の視覚を組み替え続ける弁証法的な装置なのである。
私は、鏡とはある意味物質的な鏡と反映の両方であるために鏡を使っています。つまり、概念としての鏡と、抽象としての鏡です。さらに言えばこの概念の鏡の内部にある現実としての鏡です。だからそれは他の種類の収容された、散在する観念からの出発なのです。しかしいまだ二つの場所の間の二極のまとまりは維持される。ここで〈サイト/ノン‐サイト〉は概念としての鏡――反射、弁証法である鏡によって包含されるようになるのです。【註9】
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註
1. Robert Smithson, “Fragments of a Conversation.” William C. Lipke ed., 1969. in:
Robert Smithson: Collected Writings. Jack Flam ed., Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 1996, p. 190.
2. Gary Shapiro,
Earthwards: Robert Smithson and Art after Babel. Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 1995, pp. 94-97.
3. Smithson, 1969a, op., cit, p. 190.
4. Robert Smithson, “The Pathetic Fallacy in Esthetics.” 1966-67. in:
Robert Smithson: Collected Writings. Jack Flam ed., Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 1996, p. 337.
5. ヴォリンゲル著、『抽象と感情移入』、草薙正夫訳、岩波書店、1953年、39頁。
6. Smithson, 1969a, op., cit, p. 190.
7. Smithson, “Interview with Robert Smithson.” Paul Toner and Robert Smithson ed., 1970. in:
Robert Smithson: Collected Writings. Jack Flam ed., Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 1996, p. 234.
8. Robert Smithson, “Incident of Mirror-Travel in the Yucatan.” 1969. in:
Robert Smithson: Collected Writings. Jack Flam ed., Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 1996, p. 130.
9. Smithson, 1969a, op., cit, p. 190.