2006年09月04日

戦後と科学

 風景を風景として眺める態度を変えなければ、新しい道は開けない。風景という言葉につきまとった古い風景感覚から脱皮しないことには、と私は思った。日本人は意外に言葉を感覚的にうけとりやすい。(223頁)

 自然と自分という位置にたって、私はどのような態度でのぞんだらよいか。自然を眺めることも、融合することも、征服することも、私の方法ではない。自然に情緒を託すことも、溺れることも好まず、征服できるものだとも思わない。まず自然の実態を科学的に見つめること、そして理解を深めることを「日本列島」の重点として歩き始めた。(224頁)

濱谷浩『潜像残像』河出書房新社


posted by jaro at 10:51| Comment(0) | TrackBack(0) | Dog-ear | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。