2006年06月13日

Africa... Dismix

1.

アフリカに関して私の知るところは少ない。アフリカに繋がるといえば、つい数ヶ月前に親しい友人が青年海外協力隊としてザンビアに向かったこと、フランシス・ベイコンが1950年代をモロッコのタンジールで過ごしたこと、南アフリカ出身のマルレーネ・デュマスが数年前にベイコンのオマージュ展を開いたことくらいだろうか。とはいえ、どれも間接的な関わりである。その意味でいえば、『20世紀美術におけるプリミティヴィズム』展カタログの内容と、それほど変わりはないのだろう。ただし、私のなかでは西洋人特有のエキゾチズムをもちあわせていない。だからジャポニスムもプリミティヴィズムも、個人的感慨には結びつくことはなかった。憧れとは絶対的距離を伴った解釈の産物である。だが、今の時代その距離はほとんどなし崩しにされている。ザンビアに行った友人はミクシィなどで頻繁に連絡を取りあえる状態だし、むしろ地理的には近場にいるはずの級友方が接触をもつには難しい。そもそも友人がザンビアに派遣された理由は彼の地のITインフラ整備で、「情報」に限っていえば今後より一層関係は深まるだろう。西洋の最新情報も日本の現状も、ある程度は現地の作家でも入手することができる。こんな次第で、森美術館に巡回してきた「アフリカ・リミックス」展の出品作品は、すでにコンテンポラリーという情況下にしてホワイトキューブの洗浄力で一緒くたにされ、マックス・ウェーバーよろしく「脱魔術化」されている、と“一瞬”私の眼には映った。本展の展覧会カタログは、写真図版で並べられるが故に、なおのこと時空間の並列化は進んでいる。

2.

一瞬、と言ったのは、一見ごった煮状態の作品群に、よくみると微妙な偏差が浮き出ているのが分かったからだ。これはおそらく西洋的視点を植え付けられた功罪なのかもしれないが、微妙な差異のなかに作家の意図した問題圏以上のものがあるかどうかが、ある地域で分断されているように見えた。それはまずもって南アフリカであり、私が関心を示した作家の8割をなしている。そして残り2割はモロッコ、チュニジア、そしてエジプトの作家だった。断っておくが、事前に名前を知っていた作家はマルレーネ・デュマスとウィリアム・ケントリッジの二人のみであり、他は名前も生まれも知らない初見だったところがミソである。おそらく、このことは偶然ではないだろう。言うまでもなく私に審美眼があったなどというのでもない。一概には言いがたいが、作品の傾向が都市の発達と何らかの相関関係があると私は見ている。都市の発達、それはインフラの整備状況であり、どれだけの情報を入手しやすいかということである。私が選んだ作家がアフリカの北端と南端を示しているのは、どちらも独立ないし西洋の介入が過激に行なわれた場であって、迫害にせよ闘争にせよ、白人が隣接していたという事実に原因がありそうだ。モダニズムに対するポストモダニズムにせよ、コロニアリズムに対するポストコロニアリズムにせよ、反対概念はどこまでいっても母体である概念を消し去ることはできない。傷跡を消し去っても、「消した痕跡」が色濃く残ってしまうのだ。それをひとまず表面的に見えなくするには、差し当たり二つの方途がある。ひとつはマザーテレサが言ったように「無関心」になることである。だがどの国も建国より年長の人々が生きるアフリカにとって、無関心による消去は起こりにくいだろう。残りの手は、何か別のものを持ち込んで傷跡の上に覆いかぶせてしまうことである。都市というカサブタ、概念の整形手術。ここ10年、南北アフリカで進んでいるのはこのことであり、覆いの内部でうずきはじめる膿み、である。

3.

さらにこの区分は、南北アフリカと中・東・西アフリカとの経済格差にも繋がっている。*1 サハラ砂漠以南の国に限って言えば、GDPの割合は南アフリカがおよそ4割を占めるほどだ。それが作品に決定的な差異をもたらしていると断定するには至らないとはいえ、環境的要因のひとつとしては重要な部分である。それはなぜか。1963年にアフリカ連合を組織し、世界的な経済構造に参画したアフリカ諸国にとって、金銭的問題がすでに無視できないところまでに至っているからである。ODAの一環として資金と人材が各国から寄せられているものの、20年前に比べてアフリカ諸国の経済は確実に悪化している。だが、展覧会を見た限りで、アーティスト自身にとって重要なのはもっぱら政治と宗教であり、人種差別などの民族問題であることは、作品から一目瞭然である。むしろ経済はそこに住む人々ではなく、国家にとっての問題としてまず捉えられ、最後に国民へと波及して「政治問題」に変質し流出していく。そうした構造は途上国というレッテルを貼られた国にはかなりの確率で存在している。政治、宗教、人種・民族対立が作品の質に関わっていることは、企画者の意図には含まれているにせよ、どうしても先の地域的な区分に引っかかってくるのが気にかかる。

4.

企画者の一人、ジャン=ユベール・マルタンは市場に登場しないアーティストを重視すべきだとし、二つの議論を俎上に載せる。一つはレヴィ=ストロースを基礎とする、各文化に特有の思想体系・環境を詳細に検討する手法。地域的格差は少なくともこの理論によって浮き彫りになるだろう。もうひとつはアーサー・C. ダントによる、視覚的世界における思想の潜在性である。どちらも下部構造に対流する概念を問題としてあげているが、意外に両者の批判点も結論も枠組みとしては類似した性格を有している。一方はそこに言語構造における二重分節の体系を言語以外に対して見いだし、他方は哲学的命題に造形作品が回答する「について性(aboutness)」を見いだすことになる。ダント自身が述べているように、彼の分析は哲学的命題に価値を付与する議論であり、その意味でウォーホル以後芸術と呼びうる作品は登場していないと主張し得た。レヴィ=ストロースにおいては、意味作用を形成する一次分節(シニフィエ)にたいして意味を持たない音素としての二次分節(シニフィアン)を分け、その上で一次分節を有しない抽象絵画を批判するに至った。その点ダントがアートワールドとして批判した価値の体系はレヴィ=ストロースにおいても記号の力を衰退させるアカデミズムとして批判の対象となったが、芸術を語りうる哲学にまで至らないダントに対して、レヴィ=ストロースは「野生の思考」こそ芸術であると回答を与えている。そう考えると、マルタンの回答は「野生の思考」であり、アール・ブリュットに代表されるような無秩序を称揚するのもうなずけるのである。

5.

だが私はそこに疑念を抱いている。少なくとも今回の展示で示された作品に、完全なる無秩序は存在しない。彼らの作品は一定の洗練度をもち、その度合いに比例して偏差が発生している。この事実は先に見た地域的格差を生み出したし、政治的状況が透けて見えた。そして彼らはそれを構造的に示しているのではない。いずれにせよ、普遍化への願望という欲望は、「大地の魔術師」点以来17年経った今でもマルタンのなかでいまだ息づいていることを、展覧会カタログで確認することができた。意図からはみ出すことは現実の必定といえば、いくぶんペシミスティックにすぎるだろうか。さらにもう一点、述べておくとすれば、展示において「脱魔術化」が起こっていたのに対して、企画者の目論見には「再魔術化」が存在することだろう。厳密に言えば、ピューリタニズムがもたらした「禁欲的職業労働のエートス」が近代資本主義の誕生だとウェーバーは述べていたのだが、それは歴史的後付けであり、むしろ資本主義への批判として警鐘を鳴らす方法論だった。現在、事態は逆転しており、同様の批判をなす主体は彼の魔術師たちである。果たしてリ=ミックス(再混合)は、魔術による反魂されたキメラを生み出すのか、はたまたフランケンシュタインを生み出すのか。

*1:アフリカ GDPベスト5(2001年)
   1.南アフリカ  1219億ドル
   2.エジプト   996億ドル
   3.アルジェリア 510億ドル
   4.ナイジェリア 371億ドル
   5.モロッコ   347億ドル
posted by jaro at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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