2006年04月07日

周知のことだが何度も気づかされることT ―場所

すべての亡命において真実であるのは、その故郷が、そして故郷への愛じたいが失われてしまったということではなく、故郷の存在とそれに対する愛そのものの中に、すでに喪失が本来的に埋め込まれてしまっているということなのだ。

「混血」や「クレオール」や「難民」(これらすべては「場所(プレイス)」の固定的な原理が崩壊したあとの「転位(ディスプレイスメント)」の過程の中でもたらされたものである)
今福龍太 「ネイティヴの発明―場所論T」
posted by jaro at 02:56| Comment(0) | TrackBack(0) | Dog-ear | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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