2006年03月13日

ツーリズム批判

商品循環の副産物として、一つの消費とみなされる人間的循環、すなわち観光<ツーリズム>が生まれるが、それは結局のところ、本質的に、凡庸化されたものを見に行く余暇である。

さまざまな土地を訪れるための経済的整備は、既にそれ自体で、それらの土地の等価性を保証するものである。旅から時間を奪ったのと同じ現代化が、旅から空間の現実性を奪い去ったのである。
ギー・ドゥボール 『スペクタクルの社会』
posted by jaro at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Dog-ear | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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