2006年05月09日

ループ(0)

カントールの美しい戯れとツァラトゥーストラの美しい戯れとの接触はツァラトゥーストラにとって致命的なものである。もしも宇宙が無限数の項からなるとすれば、厳しくも、無限数の組合わせをも包蔵し得ることになり――回帰の必然性は打ち砕かれてしまう。それはたんなる可能性にとどまり、それさえも零と計算されかねない。
ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『循環説』




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2006年05月08日

automation (Re:)

たとえばオートマティスム。
たとえば即興性。
たとえばハプニング。
たとえばコンセプチュアリズムの写真利用。
たとえば無名性。
たとえば絶対非演出の絶対スナップ。
たとえばドロッピング・プロジェクト。

これらの差異はいくらでもあげられる。
しかし共通項はなんだろう?
作者の死か?偶然性か?外部性か?

私にはすべてオートメーションに見える。
つまりなんらかの機械神話の痕跡。
霊的な何かや、無意識の表出なんて代物じゃない。

アートは、アルスを語源として技術と不可分の存在だった、という。
20世紀、技術者の能力は熱狂のもとに人間から神へと移譲された。
それは一方でファシズムの根幹に触れていないだろうか。
posted by jaro at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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